東京高等裁判所 平成2年(ネ)3761号 判決 1991年4月16日
控訴人
荒井秀
訴訟代理人弁護士
須賀一晴
被控訴人
荒井雄平
同
秋山幸子
同
臺信和子
被控訴人ら訴訟代理人弁護士
山嵜進
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一 当事者双方の申立て
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人らの請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
二 被控訴人ら
主文同旨
第二 当事者双方の主張
当事者双方の事実上の主張は、原判決の事実摘示(第二事案の概要)と同一であるから、これを引用する。ただし、原判決二枚目表末行の「ときは」の次に「、その婚姻は社会的にも認知され、近親婚が禁止される公益的理由は消滅しており、かえって婚姻関係の安定こそが図られるべきであるから」を、「本訴請求は」の次に「、控訴人が荒井平八郎(以下「平八郎」という。)と婚姻した経緯及び被控訴人らを含む平八郎の六人の子を実子同然に長年養育してきたこと等の事情を知っていながら、育ての親に対する孝養を尽くすべき立場にあることを忘れ、老齢に達した控訴人の生活と精神的安定とを脅かすものであるうえに、被控訴人らは、平八郎と控訴人との間の長男平介に対する平八郎の遺贈につき、遺留分減殺請求権を行使するにつき、これを有利にするために本訴を提起したものであるところ、被控訴人らは、平八郎から多額の生前贈与を受けているから、遺留分を有しないものであり、また、婚姻の取消によっては控訴人の相続権が失われることはないから、本訴請求は、被控訴人らの遺留分減殺請求につき有利に作用するものではないので、本件婚姻取消の請求は、信義にもとるものというべきであり、」をそれぞれ加える。
第三 証拠関係<省略>
理由
一<証拠>に弁論の全趣旨を総合すると、控訴人は、平八郎の姪であって、同人の三親等の傍系血族に当たるところ、両名は、昭和二九年一二月二日婚姻の届出をして夫婦となったこと、平八郎は平成二年一月一六日死亡したこと、平八郎には、亡荒井とし(昭和一九年四月九日死亡)との間に被控訴人らを含む六人の子があり、控訴人との間にも一人の子(平介)があること、平八郎は、昭和六二年九月一八日、その遺産を平介に包括遺贈する旨の公正証書遺言をしたことが認められる。
二右認定の事実によれば、平八郎と控訴人との婚姻は、三親等内の傍系血族間の婚姻に当たり、民法七三四条の規定に違反することが明らかである。
ところで、民法が同法七三四条の規定に違反する婚姻を取消しうるものとしたのは、優生学的配慮と倫理上の要請とに基づくものである。そして、その要請は、時の経過等により消滅するものではないから、不適齢の婚姻(同法七三一条違反)や再婚禁止期間内の婚姻(同法七三三条違反)につき、一定期間の経過等により取消権が消滅するのと異なり、近親婚においては、取消権が消滅することはなく、それは、当事者の一方が死亡した場合においても同様である(同法七四四条一項ただし書参照)。
そして、<証拠>によれば、被控訴人らは、平成三年一月九日到達の書面で平介に対し、遺留分減殺の意思表示をしたことが認められるところ、婚姻取消の効力は原則として遡及しないが、平八郎の死亡により同人と控訴人との婚姻は解消しているのであるから、本件婚姻が取り消されると、右死亡の時に婚姻が取り消されたこととなり、その結果として控訴人は平八郎の配偶者としての相続権を有しなかったこととなるから、被控訴人らの遺留分の割合は、本件婚姻の取消の成否によって左右されることとなる。また、仮に、右遺留分が本件婚姻の取消によって影響を受けないか、又は被控訴人らが、生前贈与を受けたことにより遺留分を有しないとしても、婚姻の取消に関する右に説示した倫理上の要請からすれば、被控訴人らが本件婚姻の取消を請求することができないものと解する余地はない。そして、控訴人の主張する控訴人と被控訴人らの親族関係に関する諸事情をすべて斟酌しても、本件婚姻についての取消権の行使をもって権利の濫用であるということはできない。
そうすると、控訴人の主張はいずれも採用することができず、被控訴人らの本訴請求は理由があり、これを認容すべきである。
三よって、原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官橘勝治 裁判官小川克介 裁判官南敏文)